The Greatest / Siaの歌詞和訳と意味
ケンドリック・ラマーを迎えた曲。ミュージックビデオに49人が出ることから、オーランドの銃撃事件への追悼だと多くの媒体が読んだが、本人は意味を明かしていない。題名のgreatestは「最高」より「あきらめない側」を指している。
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公式のミュージックビデオ。曲そのものはこちらで。
| アーティスト | Sia |
|---|---|
| 発表年 | 2016 |
| 収録アルバム | This Is Acting(デラックス版) |
ここが分かると聴こえ方が変わる
Oh, I, I got stamina
わたしには粘りがある
staminaは日本語に入っているが、意味が狭まっている。日本語の「スタミナ」は体力、それも食べ物と結びついた文脈で使われやすい。英語のこの語は諦めずに続ける力まで含むので、「スタミナがある」と訳すとこの曲が言っている粘り強さが抜ける。訳語が存在することが、かえって誤訳を呼ぶ形になっている。 借りてきた語は、借りた先で意味が変わる。同じ綴りが日本語にあるときほど、原語の側の広さを確かめる必要がある。
Uh-oh, runnin' out of breath, but I
息が上がってきた、でも
行がbut Iで終わっている。 文が終わっていないところで行が切れているわけで、歌詞では珍しくない。訳文も「でも」で止めて、その切れ方を保っている。行を文として完結させると、次の行へ引っ張る力が消える。 runnin'の綴りの崩しは話し言葉の合図だが、日本語には受け皿が無いのでここでは落ちている。
アメリカでは18位、ヨーロッパでは1位を取った曲
2016年1月、アルバム『This Is Acting』のデラックス版の先行曲として出た。プロデュースはGreg Kurstin。ケンドリック・ラマーが客演で入っている。曲そのものの記録はWikipediaの項目にある。
歌っているのはSia。順位はスイスとベルギー(ワロン)で1位、オーストラリアで2位、フランス3位、イギリス5位、カナダ6位、アメリカのBillboard Hot 100では18位。アメリカでは特別大きくなっていないのに、ヨーロッパで強いという散らばり方をしている。
ミュージックビデオに49人いる
映像は本人とDaniel Askillの共同監督で、ダンサーのMaddie Zieglerが出ている。檻の中にZieglerのほかに48人の若者がいて、合わせて49人になる。
2016年、多くの媒体がこれをオーランドの銃撃事件の犠牲者への追悼として読んだ。The AtlanticのSpencer Kornhaberは「非常に強い、慈善ではなく作品だ」という言い方で評価している。
ただし本人は、この映像の意味を公に説明していない。読みは媒体側のもので、制作者が認めた解釈ではない。記事にするときは、ここを混ぜないほうがよい。
「そう読まれた」と「そういう意味である」は別のことで、洋楽の解説記事がいちばんよく踏む穴がここにある。
題名のgreatestを「最高」と訳すと弱くなる
the greatestは最上級にtheが付いた形で、比べる相手を言わずに「いちばんすごい存在」を名指しする言い方になる。
英語圏でこの語がまとっている手触りは、ボクシングのモハメド・アリの通り名から来ている。アリはこれを自分で名乗った。だからthe greatestには評価された結果ではなく、自分で宣言する強さの含みがある。
日本語の「最高」は、どちらかといえば評価の語である。外から点数を付けている響きがあり、自分で名乗る語としては使いにくい。
この曲はすでに勝った人の歌ではない。まだ終わっていない、まだあきらめていない、という位置から名乗っている歌なので、訳語をどこに置くかで曲の立ち位置が変わる。
交代を訳文で示してよいのは、原文の側にも印があるときだけである
この曲は途中で客演のラップに変わる。歌っている人とラップしている人は別の人物である。
ここで、訳文でも2人を書き分けてよいかという問いが出る。実際に別人だから、という理由では足りない。訳文が示してよいのは、原文の側にも印があるものに限られる。印の無いものを訳文が示すと、原文が持っていなかった情報を足したことになる。
そこでこの曲の原文に何の印があるかを見ると、行の形のほうにある。ラップの部分は1行の語数が多く、歌の部分より詰まっている。これは声を聞かなくても、歌詞の並びを見れば分かる差である。
だからここで訳文が写してよいのは、密度である。
- 歌の部分は言葉を減らして余白を残す
- ラップの部分は詰める
こうすると、画面の上でも交代したことが見える。
一方で、一人称や語尾を書き分けるのは行き過ぎになる。原文はラップの部分で人物像を変えていない。訳文が語尾を変えると、そこに年齢や立場の差が乗ってしまい、原文には無かった人物の作り分けが生まれる。
同じ判断を逆側から書いたのがAll We Knowで、あちらは2人が歌っているのに原文の側に印が無いので、語尾で書き分けずに行の切り方で処理する、という結論になっている。
読まれ方を、訳文の側へ持ち込まない
上の節のとおり、映像の読みは受け手の側のものである。そのうえで決めておくことになるのが、それを訳文に反映させるかどうかである。
記事に書くのと、訳文に溶かすのとでは、後から戻せるかどうかが違う。記事なら「そう読まれている」と添えて置けるが、訳文に溶かし込むと、どこが読みでどこが原文なのかを読者が切り分けられない。
差は語の選び方に出る。追悼として読むなら重い語を当てたくなるが、その語が原文の側にある保証は無い。訳文が中立でいられるのは、判断を保留したまま置ける語を選んだときだけである。
このサイトの作りでは、訳文が言えないことを解説の側が引き受けられる。だから訳文に読みを背負わせる必要がない。
訳が割れるのは、greatestの訳語と映像の読みの扱い
- 歌とラップの密度。上の節のとおり、密度は変えてよく、人物像は変えない
- 題名の宣言性。上に書いたとおり、
the greatestを評価の語として訳すと弱くなる - 繰り返しの扱い。この曲は同じ言葉を重ねて押していく形をしていて、日本語で毎回律儀に訳すとくどくなる。どこを削るかを決めてから訳す
- 映像の読みを訳文へ持ち込まない。同じく上の節のとおり、訳は歌詞の範囲で作り、読みは記事の側に置く
語句解説
- the greatest
- 最上級にtheが付いた形で、比べる相手を言わずに「いちばんすごい存在」を名指しする言い方。ボクシングのモハメド・アリの通り名として英語圏に定着しているので、この語には自称する強さの含みがある。日本語の「最高」より、宣言に近い。
- フィーチャリング
- 主となる歌手の曲に、別の歌手が客演として加わる形。クレジットではfeat. と略される。この曲ではケンドリック・ラマーがその位置に入っていて、歌の途中でラップの部分を担当している。
- デラックス版
- 既に出したアルバムに曲を足して出し直した盤。この曲は『This Is Acting』の通常版には入っておらず、あとから足された側にあたる。
よくある質問
The Greatestはどんな曲ですか?
2016年1月に出た、アルバム『This Is Acting』のデラックス版の先行曲です。ケンドリック・ラマーが客演で参加し、プロデュースはGreg Kurstinが手がけています。
ミュージックビデオは何を表しているのですか?
本人とDaniel Askillが監督し、ダンサーのMaddie Zieglerが出演しています。檻の中に49人がいる構成から、オーランドの銃撃事件の犠牲者への追悼だと多くの媒体が読みました。ただし本人はこの映像の意味を公に説明していません。
題名はどう訳すのがよいですか?
「最高」と置くと評価の言葉になりますが、英語のthe greatestはモハメド・アリの通り名として定着しているぶん、自分で名乗る宣言に近い響きを持ちます。この曲は勝った人の歌ではなく、まだあきらめていない人の歌として読むほうが通ります。
なぜアルバムの通常版に入っていないのですか?
この曲はデラックス版で足された曲だからです。既に出したアルバムに曲を加えて出し直す形で、英語圏では珍しくありません。