Happier / Ed Sheeranの歌詞和訳と意味
アルバム『÷(Divide)』の収録曲で、シングルとして切られたのは最後。題名のhappierは比較級なので「幸せ」ではなく「前より幸せ」であり、誰と比べているかが書かれていない。そこが訳の分かれ目になる。
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歌詞の全文と全訳は、動画のほうで曲に合わせて流れる。通して味わうならこちらから。
| アーティスト | Ed Sheeran |
|---|---|
| 発表年 | 2017 |
| 収録アルバム | ÷(Divide) |
ここが分かると聴こえ方が変わる
Nursing an empty bottle
惨めに酔い潰れては
nurseは本来「ゆっくり時間をかけて飲む」「手放さずに抱えている」という動きを指す語で、 空になった瓶をまだ握っているという絵がそのまま原文に出ている。訳文はその絵を残していない。代わりに「惨めに酔い潰れては」と、 状態と評価に置き換えている。置き換えで増えたものが1つある。原文は「惨め」に当たる語を持たず、空の瓶を抱えている姿だけを差し出して判断は聞き手に任せている。訳文は「惨め」と言い切るので、語り手が自分をどう見ているかが訳の側で確定する。情景を訳すか、情景が意味するところを訳すか、という分かれ目で、この訳は後者を採っている。
If you're moving on with someone new
君が新しい人に恋をしても
move onは「前へ進む」で、新しい相手がいるとは限らない言い方である。次のwith someone newで相手の存在が足されるが、それでも原文は「その人と恋に落ちた」までは言っていない。訳文の「恋をしても」は、そこを一歩踏み込んで関係の中身を決めている。曖昧なまま置くと日本語では宙に浮くので、 具体に寄せて読みやすさを取ったという判断になる。この行は歌の中で条件を差し出す役をしていて、訳文の「ても」がその役を引き受けている。原文が条件をIfで頭に置くのに対し、日本語は文末の「ても」で同じ働きをする。 同じ意味を、文のどこで担うかが言語によって違う例として読める。
アルバムから最後に切られたシングルである
2017年のアルバム『÷(Divide)』の収録曲。本人とRyan Tedder、Benny Blancoの共作である。曲そのものの記録はWikipediaの項目にある。
アルバムが出たあと、シングルとして切られる前の段階でイギリスのシングルチャート6位に入っている。アルバムの中の1曲として先に聴かれ、後からシングルになったという順序をたどった。
正式なシングルとしての発売は2018年4月27日、イタリア。このアルバムからの4枚目、通算では5枚目にあたり、最後のシングルである。
同じアルバムからはShape of You、Castle on the Hill、Perfect、Galway Girlが出ている。この曲はそのいちばん後ろに置かれた。
題名のhappierは「幸せ」ではなく「前より幸せ」である
happierはhappyの比較級である。ここを「幸せ」と置くと、意味がひとつ抜け落ちる。
比較級は、何かと比べたうえでこちらが上だと言っている形である。日本語にも「より幸せ」という言い方はあるが、日常の会話ではあまり使わない。そのため訳すときに、比較級の形を保つと日本語が硬くなり、崩すと比べているという事実そのものが消える。
厄介なのは、この曲が「何と比べているか」を書いていないことだ。
英語の比較級は、比較の相手を言わずに置ける。She looks happier.と言えば、言わないまま「以前より」なのか「私といるときより」なのかを宙づりにできる。
日本語でこの宙づりを保つのは難しい。「前より」と書けば時間の比較に確定し、「私といるときより」と書けば相手の比較に確定する。書いた瞬間に、原文が伏せていたものが決まってしまう。
比較の相手を伏せたままにする形は、日本語の側にも作れる
比較級の宙づりを日本語で保つのは難しい、と書いたが、手が無いわけではない。日本語には比べていることだけを示して、相手を言わない言い方がいくつかある。
- 「〜くなった」。変化があったことは言うが、いつと比べたのかは言わない
- 「〜みたいだ」「〜そうだ」。話し手の見立てだと示すことで、比較の基準を曖昧なまま残せる
- 「前ほど〜ない」。比べていることは残しつつ、相手を「前」という漠然とした語に預ける
いずれも、形容詞の比較級をそのまま置き換える方法ではない。英語が語形でやっていることを、日本語は文の組み立てでやる、という取り替えになる。
ここが訳の面白いところで、対応する品詞が無いことは、必ずしも訳せないことを意味しない。探す先が同じ層ではない、というだけである。happierに一語で当たる日本語を探し続けると行き止まりになるが、文全体で比較を作ると決めた瞬間に、選択肢が何通りも出てくる。
静かに歌う曲は、訳文の語尾で音量が決まる
この曲は声を張らずに進む。訳文がこの音量とずれると、原曲を聴きながら読んだ読者に違和感が残る。
日本語で音量を決めているのは、多くの場合文末である。
- 「〜だ」「〜のさ」と言い切ると、強く出る
- 「〜かな」「〜だろう」と置くと、独り言に寄る
- 体言で止めると、感情の温度が下がる
英語にも調子を変える手立ては当然あるが、それは助動詞や語の選択の側にあって、文末の形が一手に引き受けているわけではない。そのため、平叙文をそのまま日本語にしようとすると、原文が文末では決めていなかったことを、訳者が決めさせられる。何も考えずに書くと、日本語の歌詞でよく使われる強い語尾に自然と寄っていき、気づくと原曲より大きな声で歌っている訳文ができあがる。
対策は単純で、訳す前に語尾の型をいくつかに絞っておくことである。曲ごとに決めておけば、行ごとに音量が揺れることはなくなる。
最後に切られた曲は、初対面ではない読者に向けて訳すことになる
この曲がシングルとして出たのは、アルバムがすでに広く聴かれたあとである。新しい曲として届いたのではなく、知られている曲が改めて押し出されたという順序をたどった。
訳す側にとって、この順序は読者の前提を変える。先行シングルの訳は、その曲だけで初対面を済ませる読者に向けて書くことになるが、この曲の読者はすでに前後の曲を聴いていて、歌っている人物像もできあがっている。
そこで効いてくるのが、訳注をどこまで足すかである。背景の説明を訳文や記事に足すほど分かりやすくなるが、すでに知っている読者には要らない情報になる。どちらの読者に向けるかを決めてから足す量を決める、というのがここでの判断になる。
訳が割れるのは、比較級と語りの静かさ
- 比較の相手を書くかどうか。書けば読みやすくなるが、原文が伏せていたものを訳者が決めることになる。伏せたまま訳すなら、日本語の側に「誰と比べたとも言っていない」形を作る必要がある
- 比較級の硬さ。「より幸せ」は日本語として不自然になりやすい。形容詞ではなく文全体で比較を表す(「前は違った」など)ほうが自然に収まることがある
- 語りの静かさ。この曲は声を張らずに進む。訳文の語尾が強いと、歌っている音量と訳文の音量が食い違う
- 時制。過去と現在を行き来する曲なので、日本語の文末で毎回どちらかを選ばされる
語句解説
- happier(比較級)
- happyの比較級。日本語に「より幸せ」という言い方はあるが、日常ではあまり使わない。英語の比較級は
何と比べているかを言わずに置ける形で、その空白が読み手に埋めさせるはたらきをする。訳文で比較の相手を書き足すと、原文が伏せていたものが確定する。 - 最後のシングル
- アルバムから順に切られる曲のうち、いちばん後に出るもの。アルバムがすでに広く聴かれた後に出るので、
新曲として届けるのではなくすでに知られている曲を改めて押し出す性格になる。 - シンガーソングライター
- 自分で詞と曲を書いて自分で歌う人。共作者がいても、書く側と歌う側が同じ人であることを指す言い方として使われる。
- move on
- 「前へ進む」。別れたあとの話題で使われることが多いが、新しい相手がいるとは限らない。日本語で「次へ行く」と置くと相手の存在を含みやすくなるので、どこまで踏み込むかを決めてから訳すことになる。
- 語尾(文末表現)
- 日本語で話し手の距離・感情の強さ・確からしさを一手に引き受けている部分。英語では同じはたらきが助動詞や語の選択に散っていて、文末には集まっていない。そのため平叙文をそのまま日本語にすると、原文が文末では決めていなかったことを訳者が決めることになる。
- 先行シングル
- アルバムより先に出す曲。まだ誰も盤を聴いていない状態で届く。同じ『÷(Divide)』ではCastle on the Hillがこれにあたり、最後に切られたこの曲とは、聴き手が持っている前提が逆になる。
よくある質問
Happierはどんな曲ですか?
2017年のアルバム『÷(Divide)』の収録曲です。本人とRyan Tedder、Benny Blancoの共作で、アルバム発売後にイギリスのシングルチャートで6位に入りました。
シングルとして出ていますか?
出ています。2018年4月27日にイタリアで、このアルバムからの最後のシングルとして出ました。アルバム全体では5枚目にあたります。
題名はどういう意味ですか?
happyの比較級で、「前より幸せ」という意味です。ただし何と比べているかは書かれていません。その空白があることが、この曲の読み方をひとつに決めさせない理由になっています。